「ブラックホールは何でも吸い込む」というイメージは、半分正しくて半分間違っている。
たしかに一線を越えたら何も戻ってこない。でもその一線には正確な半径があるし、ブラックホール自体もいつかは蒸発して消える。しかも、そこに落ちていく人と、外から見ている人とでは、まったく違う現象が起きている。
「最強で最恐の天体」というイメージの奥にある、3つの意外な事実を順番に見ていく。
境界線には、数式で表せる正確な半径がある
ブラックホールの正体は、「ある半径より内側に質量が圧縮されると、その内側からは光すら脱出できなくなる」という現象だ。この臨界半径のことを、発見者の名前から「シュバルツシルト半径」と呼ぶ。
太陽の質量なら約3km、地球の質量なら約9mm。つまり地球をそのまま直径9mmまで押し潰せたら、それは理論上ブラックホールになる。質量はそのままに、大きさだけがとんでもなく小さくなる、というのがポイントだ。
この半径を最初に計算したのは、ドイツの天文学者カール・シュバルツシルトで、1916年のこと。アインシュタインが一般相対性理論を発表した直後に、その方程式を解いてこの解を導き出した。当時彼は第一次世界大戦の東部戦線に従軍中で、戦場からこの計算をアインシュタインに手紙で送っている。同じ年に彼は戦病で亡くなっており、生涯最後の仕事の一つがこの発見だったことになる。
シュバルツシルト半径の内側は「事象の地平面」と呼ばれる。ここを境に、時間の進み方も含めて物理法則の“見え方”が一変する——というのが次の話につながっていく。
ブラックホールは、実は少しずつ蒸発している
「何でも吸い込む天体」が、実はじわじわとエネルギーを失い、最終的には消滅する——というのが、物理学者スティーブン・ホーキングが1974年に理論として提唱した「ホーキング放射」だ。
仕組みの出発点は、宇宙のどこにでも存在する「量子ゆらぎ」にある。何もないはずの真空でも、粒子と反粒子のペアが一瞬だけ生まれては消える、という現象が絶えず起きている。これが事象の地平面のすぐ外側で起きると、片方がブラックホールに吸い込まれ、もう片方だけが外に飛び出していくことがある。この時、飛び出していく側が持ち去るエネルギーは、ブラックホール本体から差し引かれる形になる。
つまりブラックホールは、この過程を繰り返すたびにわずかずつ質量とエネルギーを失っていき、天文学的な時間スケールをかけて最終的には蒸発してしまう。
発表当時、この理論は物理学者たちの間で強い抵抗にあったとされる。「何も脱出できないはずの天体からエネルギーが漏れ出す」という主張が、それまでの常識と真っ向から矛盾していたからだ。現在ではブラックホール物理学の基礎理論の一つとして広く受け入れられているが、蒸発の過程で「中に落ちた情報がどうなるのか」という「情報パラドックス」は今も議論が続く未解決問題として残っている。
境界線を越えるとき、外から見た景色と本人が見る景色は別物になる
ここまでは「ブラックホールそのもの」の話だったけれど、もし誰かが実際に落ちていったら何が起きるのか、というのも面白い切り口だ。しかもこれ、見る立場によって話がまったく変わる。
外から見ている人の視点では、落ちていく人は事象の地平面に近づくにつれて、時間の進みがどんどん遅くなって見える。最終的には止まって見え、光がどんどん赤方偏移して暗くなり、やがて見えなくなる。外部の観測者にとっては、誰かが実際に地平面を越える瞬間は、理論上いつまでも観測できない。
落ちていく本人の視点では、事象の地平面を越える瞬間、本人は何も特別なことに気づかない。景色も感覚も普通の宇宙空間のままだ。ただし、この瞬間から先は、どちらの方向に進もうとしても特異点に向かうしかなくなる。空間の自由度と時間の自由度が、ある意味で入れ替わってしまうようなイメージだ。
そして最終的に待っているのが「スパゲッティ化」。中心に近づくほど重力の強さが急激に変わるため、体は縦方向に強く引き伸ばされ、横方向には圧縮されていく。
同じ一つの出来事を見ているはずなのに、立場によって全然違う物語になる。ブラックホールが物理学者を惹きつけ続けている理由の一つは、たぶんこの奇妙さにある。
もっと知りたくなったら
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